Essay

一人のために

 高校1年時の英語の先生に、曽田先生という方がいた。
 担任は持ってらっしゃらなかったので、講師だったのだと思う。
 他の英語の先生が教科書中心の授業をする中、曽田先生は一風変わった授業をしてくれた。  映画のリスニングをしたり、英語のクイズをしたり、歌を聞かせたりするのだ。
 私はすっかり曽田先生のファンになり、定期テストは先生の教科だけは徹底的に勉強した。
 あるとき先生の授業で、チャップリンの映画『独裁者』の世紀の6分間スピーチを鑑賞した。
 私はこのスピーチにたいへん感動して、授業後にスクリプトをいただけないか、とお願いした。
 曽田先生は、次の授業で持ってくる、と答えてくれた。
 後日、曽田先生の授業になり、先生は入室するといつも教卓に向かわれるのだが、この日、教室に入るとまっすぐ私のところへ向かってきて、
「お待たせ」
 と一言、チャップリンのスピーチのプリントをそっと置いてくれた。
 周りの生徒が何事だ、と覗き込む中、私は顔を真っ赤にして、いただいたプリントを見つめた。
 私は自分に目を掛けてくれて、英語の楽しさを教えてくれた、曽田先生の背中を追っているのだと思う。

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