2006年11月、長女が誕生した。私の病歴を知る友人親類は、娘を「奇跡の子」と呼んでいる。
私は20代半ばに悪性の精巣腫瘍を患った。
これは睾丸にできる癌のことで、私は左の睾丸を切除した。しかし、全身に癌転移が見つかり、肝臓転移は握り拳ほどの大きさに達していた。
余命1か月・生存率10%・鎮痛剤づけの日々。
一縷の望みに賭けて、化学療法(抗癌剤)を受けることとなった。この治療は、癌細胞だけでなく精巣(精子生成を司る)を含むあらゆる細胞・生成活動を破壊するので、私は医師の勧めで、精子を冷凍保存した。
1年間・9コースの抗癌剤を経た。副作用で体毛を全て失い、日に十数回吐き、24時間痙攣した。
なおCT画像から影が消えなかったので、患部を除去する開腹手術に踏み切った。このとき、
「内臓や下腹部リンパ周囲に残っている癌細胞を除く際、射精を司る神経を損傷する可能性がある」
と医師に告げられた。無論、延命が先決、と手術をお願いした。
結果、射精神経は除去を免れ、摘出した癌細胞は死滅していた。
現在の私は、精子も自然射精も回復し、妻子を授かるに至った。冷凍精子は破棄し、癌完治の指標となる5年が経過した。
人間、自ら命を絶たなければ、きっと道が開ける。
3連敗を4連勝で返し神様仏様と崇められた故稲尾投手が刑務所で講演をされたときに、入所者に檄を飛ばしている。
「ピンチのあとに、好機がくる」と。
長い生涯のうちに人は大病死病を患ったり、絶体絶命・自暴自棄の淵に立たされることを免れない。しかし、そこで歯を食いしばれば、禍福は糾える縄の如し、逆境は必ず私たちの血肉となる。